再会 第2章
一人暮しの流川の部屋には。
やはり、バスケ一色、という空気が漂う。
国内でも3本の指に入る、名プレイヤー流川が、NBAで活躍する日も、そう遠くはないだろうとも思うのだ。
コンビニで買ったパンと共に、の前に水の入ったコップが置かれる。
流川:「……灰皿にしていいから」
そう言われても、コップに灰を落とすわけにはいかない。
携帯灰皿があるし、今は吸わないとが言うと、流川もコタツに足を入れた。
:「…流川君さあ、……バスケ、楽しい?」
流川:「……当然。……仕事、楽しくないのか?」
そう切り返され、思わずは考えこんでしまった。
もちろん、仕事は楽しい。
仕事以外の事を、全て犠牲にしてきたとは思わない。
だが、実際今の地位を得て、は何か足りないと感じはじめていた。
:「仕事しか能が無いって言われたら、結構グサっとくるのよね」
今日ほど、それを強く感じたことはなかった。
家庭を持ち、子供がいる同級生はみな、の仕事を褒めながらも、どこか見下していた。
仕事ができても、結婚はできない。
それが、今のへの、正直な評価なのだ。
流川:「……オレは、バスケがあってもなくても、オレだ。 …他の誰でもない」
自分という、確固たるものを持った流川。
もし彼が、バスケができない体になったとしても、きっと自分を見失う事はないのだろう。
その強さがあるから、彼はトップでいられるのだ。
………何か私、すごい人と会話してる?
自分が例えようもない程、小さな人間に思えてくる。
:「ね、もしかして私に話をさせようと思って、連れてきた?」
呼びとめた時、木暮は流川が何か悩んでいるから、悪いけど聞いてやってくれと言ったはず。
しかし、今の状況を見れば、話をしたいと思っているのはの方で。
相談役が流川だという事には納得いかないが、何となく・・・他のメンバーに話すよりも、
ずっと素直に話せるような気がしていた。
何も言わず、サンドイッチを食べ終えた流川は、もたれていた棚を開き、フルボトルの赤ワインとグラスを2つ、取り出した。
注いだワインをに差し出しながら、自分もゴクゴク飲み干す。
以前、赤木らの卒業の時、一緒に飲んだ事はあったが、あの頃の流川なら、絶対一口で酔っていたはずだ。
ここでも、時間の流れを感じてしまう。
:「……で、飲ませて何を聞き出したいわけ?」
飲めば話もはずむ。
少し目を座らせたに、流川はきっぱりと言った。
流川:「……三井サンと別れて、寂しいか?」
これがもし流川でなく、他の男であったなら、ただのナンパでしかない。
しかし、相手は流川だ。
気を張って、無理する必要もないだろうと、は本音で話す事にした。
:「もう慣れた、なんて言ったら嘘になるけど。 そうね、今でも多分・・・・・・寿の事は好き。
でもさ、一緒にいればいるほど、お互いダメになっていく関係って、流川君、わかる?」
ふるふると首を横にふり、経験ないなとつぶやく。
流川の性格上、相手に合わせて自分を押さえるなど、考えられない。
だろうねと笑い、は続けた。
:「付き合ってみれば分かるんだけどさ、寿って、強い人間に見えても、結構モロイ所があるんだ。
心の底では、誰かに支えて欲しいって思ってる。 …私もそう」
オレ様についてこい、というタイプに見られがちな三井だが。
高校時代は確かにそうだった。
しかし、大きな挫折により、三井は自分を見失ったのだ。
:「最初はさ、私でも支えてあげられると思った。 でも、やっぱ無理だったんだよね。
私も弱いから。 思い上がって、結局寿の事もっと傷つけて。 ・・・・・・って、何でこんな話してんだろ?」
じっと目を見詰め、話を聞いてくれる流川が、には親友のように見えてしまう。
自嘲気味に笑いながら、は残ったグラスを空にした。
トポトポと、小気味良い音を立てながら、今度はが2人のグラスを満たす。
流川:「……アイツにはもう、女がいる…今日、結婚するって聞いた……」
飲んでいる時、リョータに聞かれた三井が、ふと漏らしていたのを流川は聞いた。
来年あたりになるだろうが、同じ職場の人と結婚する、と。
流川の言葉に、は一瞬息が止まりそうになった。
………私には、一言もいわなかったのに。
驚く程自然に、つーっと頬を涙が流れ落ちた。
わっと泣き出したいのを堪え、はちょっとゴメンと言って、タバコのケースと携帯灰皿を持ち、ベランダに出た。
7階で、横に大きなマンションがない為、景色が素晴らしい。
遠くにさっきまで2次会をしていた、毒々しいネオンの光る繁華街が見える。
スルっと箱からタバコを一本引きぬき、ライターを忘れた事に気づく。
…………何やってんだろ、私。
三井の結婚を聞き、こんなに動揺している自分がいる。
部屋の中でライターを手にした流川に、はガラスごしに手を伸ばす。
ライターを手渡し、少し外に顔を出したまま、流川が言った。
流川:「………そんなに辛いか?……」
当たり前の事を聞くなと、は少しだけ笑う。
きっと三井も、のこんな姿を見たくなくて言わなかったのだろう。
このまま消えてしまうのではないかと、流川でさえ心配してしまうような姿。
手が震えて火をつけられないから、流川はライターを取り上げた。
シュポっと音をさせ、大きな手で覆われた炎が、の口元を照らす。
:「ふふっ。 吸わないのに上手だよね。 吸う人いたの?」
気を使い、外に向かって吐き出された煙を見つめ、流川が囁くように言う。
流川:「……別れた。 ……結婚の話、出されたから……」
:「……ひどいよね、流川君も。 結婚、したくないの?」
この歳になり、付き合っていれば、結婚話が出るのも当然で。
流川:「……いや。 オレの為に、全部捨ててもいいって言うから…」
一瞬、目の前の流川と自分がダブったような気がした。
と共に歩く為に、夢を諦めた三井。
には、それがどうしても許せなかった。
三井には実力があった。 社会人になっても、バスケを続ける事はできたはずなのだ。
でも、それさえ三井は捨ててしまったのだ。
:「……重いよね、それって………」
流川:「……あんたは違うな。 ……相手の為に、自分の夢を諦めたりしねえ」
そう言った流川に引き摺られるように、は部屋に戻った。
外が相当寒かったせいか、温かさが身に沁みる。
もぞもぞとコタツに潜り、は流川に笑う。
:「私達ってさ、一生結婚できないタイプかもね」
その言葉に、むっとした流川は、コタツの電源を切った。
足に当たる温かさが消え、は不満そうに流川を見る。
流川:「……ここで寝るな。 ……風邪ひくから」
ぶつぶつ言って出てこないを、流川は引っ張り出し、隣の部屋まで運んだ。
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